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イトパンという人物について

本名 伊藤学

1971年昭和46年11月8日新潟市白山浦のがんセンターで出生。その後新井市で数年を過ごす。

1978年昭和53年4月   新潟市立五十嵐小学校に入学

1979年昭和54年4月   西川町立鎧郷小学校に転校 4年~6年まではガンダムプラモデルに夢中になる

1984年昭和59年4月   西川町立西川中学校に入学 卓球部に所属 ミリタリー系のプラモデル製作に熱中する
               プラモデル製作の傍らでチェッカーズやCCBやキャデラックなどをBGMで流すようになり、音楽かあ…と思うようになる
1986年昭和61年5月   新潟市東堀にあった曲栄堂だったか名曲堂だったかでトーカイの白いストラトキャスターを購入して練習に夢中になる
               最初に挑戦した曲はクワタバンドのスキップ・ビート 
               友人の強い勧めでボストンやビリー・ジョエル、ボン・ジョビ、ヴァン・ヘイレンなど当時流行っていたいわゆる洋楽も聴くようになる

1987年昭和62年4月   新潟県立巻工業高校電気科に入学 ギター熱はますます盛り上がる 
               巻駅前にあったレンタルレコード店のRUN&RUNに入りびたり音楽をむさぼり聴くようになる。
1988年昭和63年     バンドを組む。VOCALヨシアキ BASSタカシ DRUMSコウジ GUITARマナブ バンド名ははパッシード 
               高校2年の寒い季節だったとしか覚えていないが燕市の水道塔のある公民館の一室で当時とにかく流行っていたボウイの曲を数曲演奏
               1曲目はなぜかVAN・HALENのPANAMA 帰りの弥彦線でタカシと上り下りを間違えて乗ったことを今思い出した

1989年平成元年     RUN&RUNのマスターの紹介で別のバンドに加入する。関屋駅の近くにあったサントスというスタジオで定期的に集まって練習
               女性ヴォーカル、ドラム、ベース、ギターの4人編成で浜田麻里のコピーバンドだった 名前はシータ
               その頃高校の同級生のカツノリが密かにドラムを練習していた事が発覚 
               ドラムとギターだけのセッション 第2実習棟を独占して入り浸るようになる 後にマボリセッションバンドとなる

1990年平成2年4月    新潟スバル自動車に自動車整備スタッフとして入社 昭和橋営業所に配属
               一切のバンド活動を止めて自動車整備に熱中するがラジオで聴いたオルガンジャズに触発され、ジャズに興味を持つ 
               マボリセッションバンドでライブ活動クラシックロックやオリジナル曲を演奏 他にもいくつかのバンドに所属

1991年平成3年      新潟市古町にあったドリーム音楽院に入学 故石山経麻朗氏に師事し以後5年ジャズの理論と実践を勉強する 
                

1995年平成7年      数年前に実家で母親がパン屋を開業し、手伝うために新潟スバルを退職 パン職人を志すがジャズ熱は冷めやらず ソロギターのアレンジにも着手 
                ファンクバンド『ルーツ』に加入 ワウ使いの荒いギタリストになる 
               新潟駅南の噴水広場で人生初のストリート演奏 テナーサックスのタムラミツタカ氏と
1996年平成8年3月    なんとなく海外旅行がしたくなりなぜかメキシコへ3週間ほど旅に出る

1997年平成9年9月    東京行きを決意 高円寺南の安アパートに住み、新宿の出光でアルバイトをしながらジャズの修業を積む 
               阿佐ヶ谷マンハッタン 中目黒ソノカ 高田馬場イントロ等のジャムセッションに行くが落ち込んで帰る日々が続く
                その年の冬 渋谷でストリートで弾いていた時に音楽サークル『ムジカ・エルツ』の代表でテナーサックス奏者ローラン佐藤氏と知り合い様ざまなジャズの現場に同行
                千鳥町にあったスタジオで結成されたジャズバンド 『アパッチアウト』に参加
2003年平成15年3月   結婚 帰郷しパン屋を継ぐ決意をするがどうしてもジャズ熱は冷めやらず 新潟市の老舗ジャズ喫茶ジャズ・フラッシュのジャムセッションに毎月参加
               セッション会場で売れ残ったパンやケーキを売るようになり、いつしか『イトパン』と呼ばれるようになる。

2004年平成16年10月  長女誕生 
2006年平成18年1月   次女誕生
2008年7月         新潟ジャズストリート初エントリー いとうパン屋&the Muffins
2010年1月         新潟ジャズストリート出演 S46
2010年平成22年7月   三女誕生 クロマチックハーモニカ本格始動
2013年           ケーキ・パンいとう 廃業
2018年12月31日 新潟市ジャズフラッシュの年越しセッションでセッションホストの本間氏より『よし、パン助!行け』と言われその日からパン助を名乗るがどうやら毎年変わるようですのであんまり気にしていません。皆さん好きなように呼んでください。



タグ:イトパン
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イトパン式ジャズワークショップ [イトパン式]

2017年1月から毎月開催しているセミナーです。
ジャズのアドリブが出来るようになりたいけれど、どうしたらいいかわからないという方のためにやっていましたが、実は最近、楽器に触るのも初めという方にも楽しんでいただけるという事例が結構ありました。どなたにもおすすめ出来ます。




どういう事をやってもらうかというと、例えば4小節づつ

B♭7→E♭→A♭→D♭→F#7→B7→E7→A7→D7→G7→C7→F7→……

を例えばテンポ♩=100くらいで演奏します。リンク先の動画も参考にしてください。
楽器は、きちんとチューニングが出来る楽器であればなんでもいいです。音程のチューニングが事実上できない打楽器奏者の方や、ヴォーカルの方は、出来ましたらギターか鍵盤楽器なんかで参加しもらって、ご自身の一層のスキルアップの一助にしていただけたらというのが僕の願いです。

で、アドリブが回ってきたらコード進行に沿った音使いのアドリブを心がけてもらいます。

跳ねない、きれいな8分音符で、周りのメンバーの音に気を配りながら、自分なりのモチーフを表現してもらいます。つまり、まずはスイングしている状態を実感してもらう事がこのイトパン式ジャズワークショップの最大の目的です。

コード進行はグルグル回っていますので、打席に立つチャンスがいっぱいやってきます。自分にはここまで出来るけど、ここがわからなくなっちゃうので次はこうやってみよう…とか自分なりにハードルを設定してもらいます。で、何回も挑戦してもらいます。
テンポを速くしたり遅くしたり、8小節パターンにしたり、2拍パターンにしたり、5拍子にしたり、リハーモナイズしたり…と一生かかっても極めるなんて出来っこないと思いながら僕もやっています。

この4度進行でアドリブが出来たからと言ってそれですべてのジャズに対応出来るかと言ったら残念ながらそうではありません。もっともっといろいろな場面に出会っていかないとジャズはうまくなっていかないと思ってはいますが、スイングを表現できるプレイヤーのほとんど全ての方が早い段階で4度進行のアドリブはしつこく練習しているはずです。

こんな当たり前の練習に恐れ多くも『イトパン式ジャズワークショップ』などと名前を付けてしまったことに多少の気恥ずかしさは付きまとっていますが、同時にいいメロディにいい歌詞といいアレンジが出来た時に似たような喜びも感じています。

皆さんに会える日をお待ちしております。






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越後七浦シーサイドドライブ

越後七浦シーサイドドライブ
作詞 伊藤学 きよ里
作曲 伊藤学
ロケ地 新潟市西蒲区
出演 きよ里 土田大樹




三条市在住の三線弾きにしてロックンローラーきよ里の歌声による
本州日本海側最強のサーフロックが出来上がりました。
越後七浦シーサイドラインという海沿いの道がありまして、その歌を作ろうという事になりました。
言い出しっぺはきよ里ちゃんだったと思います。
かなり前の知り合った頃、三条市のキネマカンテツ座でドラマーの内山次夫氏と3人で
ダラダラとしゃべっているうちにたった一人酔っぱらっていたきよ里ちゃんが
越後七浦シーサイドドライブっていう曲が作りたいんだあ!
と言い出してなんとなく構想が出来上がり
数年後、長岡市のキャラメルママでDJホンマ氏の怪しげなDJパーティーで
きよ里ちゃんと居合わせたのでじゃあってんで歌詞を仕上げた思い出があります。

録音はいたって簡素で雑でしたがいい味わいが出ていると自負しています。
冒頭のオートバイが駆け抜けるエンジン音や、ときおり聞こえるヒバリのさえずりなんかも現地で拾った音源です。
歌は2重に被せてありますが片方は灯台の下にある判官舟隠しと呼ばれる洞窟内で、もう片方は親鸞聖人の像の下の東屋でiPadのマイクに向かって吹き込んだ歌声です。



越後七浦シーサイドドライブ

越後七浦シーサイドドライブ
君を乗せて五ヶ浜
角上魚類の浜焼きが
今頃歯に挟まって

橋はあの頃と同じく
夕陽より赤くて
照り返すさざなみと
ラジオから清志郎

ここは海抜100メートル
ここは海抜50メートル
ここは海抜10メートル
ここは海抜0メートル

越後七浦シーサイドドライブ
君を乗せて浦浜
角田岬の灯台が
二人を見て見ぬふり

越後七浦シーサイドドライブ
君越しに島影
照り返すさざなみと
君越しに崖崩れ

ここは海抜100メートル
ここは海抜50メートル
ここは海抜10メートル
ここは海抜0メートル

越後七浦シーサイドドライブ
君を乗せて浦浜
角田岬の灯台が
二人を見て見ぬふり
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北三条で迷子 [イトパン式]

2016年9月6日三条市、燕市、西蒲原郡弥彦村で録音、撮影しました。
出演は片桐晴海さん、田邉周平さん、飯塚麻衣子さん、
撮影協力 スパイス研究所様、さんきらく様、ジェンティール様、大黒亭様、きよ里様

片桐さんとは2016年に東区のフラワーポップというライブカフェで名古屋スリムさんのオルガンセッションで初めてお会いしてしました。その声量と存在感に圧倒された事を覚えています。
その後三条市の北三条駅前にあるスパイス研究所のテラスで何かしましょうという事になり、待ち合わせたんですが片桐さんがどうやら道に迷ったようで、で出来上がった曲がこちらの曲です。、

曲作りは言葉のイントネーションと密接に関わっています。日本語のイントネーションが自然にメロディになる時、僕はそれを着床と呼んでいます。『北三条で迷子』は本当に自然に僕の中に舞い降りてきました。それは片桐晴海さんとの出会い、他にもいろいろな方々や音楽との出会いがなければこのメロデイにはなっていません。


北三条で迷子feat片桐晴海

作詞 作曲 編曲 演奏 伊藤学
作詞 歌 片桐晴海

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長岡暮らしが長すぎたのよ私
世間知らずなままで大人になるとこでした
見くびってたのは私の方だったのね
見附の向こうにも人は住んでるなんて

確かこの辺りだったはずよ
そうよこの角を曲がり切ったところに

「労災病院?」

北三条で迷子
北三条で迷子
北三条で私迷子

あなたと出会って私は変わりました
変わっていないのは方向音痴なところ
それでもいいの迷いながらたどり着いた
その先で巡り合う小さな幸せがあれば

確かこの辺りだったはずよ
そうよこの坂を上り切ったところに

「何?大河津分水?」

確かこの辺りだったはずよ
そうよ高架橋潜り抜けた先には

「弥彦神社?」

北三条で迷子
北三条で迷子
北三条で私迷子

□□□□□□□□□□□□□□□□
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